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言えない空気
娘が3日に高校を卒業しました。
自由の森卒業です

この間はいったとおもったらもう卒業です
はやいなぁ と思う一方で
最後の1年は震災、原発で大変な1年になり
娘の楽しい楽しいジモリ生活もそれまでとは
違うものになり いろいろな事を考え行動し
悔しかったり悩んだりした1年だったのではないかと思うのです

卒業式は、生徒がつくる卒業式
主役はあくまでも生徒 とてもあたたかい
いい卒業式でした

校長の話は、ありきたりの贈る言葉でなく
きちんと震災のこと、原発のこと、放射能のこと
そしてそれが何一つおわっていなくて
これからのことがすごく問われていることなど

学校で原発や放射能、ましてや危ないなど
まったく言葉にすらしないところが多いなか
そこは、さすが自由の森 さすが鬼さん(校長ね)

ジモリでは放射能とか原発ということがタブーではない ということ
娘を含む生徒たちもがんばって 心配だ不安だと言えるように
そういう雰囲気を自分たちでつくろうと
アンケートをしたり
話しあう機会をつくったり 
普段から 堂々と話したりしていたのも
タブーにならないようになった一つであろう

言えない、そういう空気なのよ とよく聞く
このところ福島県内の人から話を聞くと以前よりもその空気がひどくなった
と 聞く。
腹の探り合いだったり、そういうことが嫌で人と会うのがおっくうになった
などなど、今まで仲良しだとおもってた ママ友が
その話だけは、なんともストレートにはなしができない
ほんとうはどう思っているのか気になるけど聞けない

この言えない空気 というのは いったい誰がどのようにつくっているのだろうかと
考える。
いえない空気を感じるのは、突き詰めていくと自分自身がそういう空気をつくっている
一人なのではないかと思うのだ。
自分自身の問題だったりする部分が多いように思う
言えない空気があるので福島にきて駅前ででもいいので
がんがん訴えてください ということを
ちょっと有名なジャーナリストさんが言われているのを
聞いた

確かに、ちょっと有名な人が話すとそれなりの反応もあるかもしれない
でもそれで、そのひとのまわりの言えない空気がなくなるのか?というと
それは、なくならないように思うのだ。

人の言葉というものは 言葉を発する人と受け手の人の関係が
重要な意味をもたらす
この人が言っているから聞いてみようとか
普段この人は こういう人だけど、へーそうなんだーそうおもってたのか
とか 心にずっしりくるのは やはりお互いの関係性もある

言えない空気をつくるのは自分の心ならば
言えない空気を打ち破るのも やはり自分でしかないのではないだろうか

確かに困難なことではある、だけど他力本願では前に進めない

みんないっしょ みんなはどうだろう とまわりの顔色ばかりを気にしていては
大切なものが守れないことが多々あるのだ

放射能心配だ と至極アタリマエのことをコソコソしか話せないのは
すごくおかしなことで危険なことだと思う人が増えて欲しい

現実に原発が爆発し危険なものがばらまかれたのだから
それが目にみえず、味もしない、匂いもしない
すぐに身体に変調がでるものではなくいつなにが自分の身体でおこるかわからない
そんなこわいものなのだから 

そうやって言えない空気やタブーをつくり
誰が 笑っているかをよーく考えると
思うつぼになりたくないと思うのではないかなぁ

発言すると当然きづつけられる事もあある
思いもよらない攻撃にしらないうちにあっていることもある
でも
命を脅かすものとは、全力で立ち向かいたいと毎日おもっている

こんな地球になってしまったことをみんな気づくべきなのだから

娘の学校の合唱 ヒトへ 

この曲が重く胸を突き刺さずにはいられない曲になった


テーマ:子育て - ジャンル:育児

【 2012/03/07 00:42 】

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もうすぐ1年
ブログをさぼりっぱなしで、ごめんなさい。
広告まで、出る始末><。

書きたいことはたくさんある日々なのですが
なかなかゆっくりpcにむかう時間をもてなくて

Twitterやフェイスブックは、スマホでかいているのですが
ブログは、長い文章になるし
書きづらいのもあり ついついあとまわしになってました。

先日、ほっぺこちゃんのお客様だった方から思いがけずメールをもらいました。

避難されて、関東にいらっしゃるとか
お元気そうでほっとしました。

離れてもこうやっておぼえていてくれることがありがたいし
連絡いただけてほんとうにうれしい。
Twitterでも時々、近況報告してくれたり
以前お店にいってましたーとか
おもちゃの広場に遊びにいかせてもらってましたーなどなど
今は避難して、どこどこにいます
と 連絡していただけたりで
各地にはなれても、そういうつながりはきれなくて

本当に嬉しいことです

で、ここのブログを見ては、しんどいときに
自分の判断はよかったんだと元気をもらってます とか
そんなことを聞いて
さぼっていて 反省><。

1月の終わりに、自由の森学園で肥田舜太郎さんの講演会をしたり
埼玉の戸田市の教育を考える会さんに 呼んでいただき
避難してきた話や放射能についての話をしたり

なんだかんだと活動をしていました。

このところ、もうすぐ1年ということでまた取材の依頼がふえています

1年経って 状況が好転するどころか複雑にからみあって
どんどんいろんな問題点がでてきているように思います

ひとつは意図的に福島県民の分断がすすんでいること
これは、雨宮処凛さんがマガジン9条でも書かれていましたが
私も同じような話を色んなかたから聞いてたし
本当に、深刻な状況です

1年経っても、いっこうに命を大切に命を守ることを優先しない国・・・

暗澹たる思いです。

1人でも多くの人が命を優先して考え行動してくれることを
願い、声に出して生き続けたい、、、。

テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:日記

【 2012/02/28 00:56 】

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肥田舜太郎さんの講演会を自由の森で
来年1月25日に 自由の森学園で

肥田舜太郎さんの講演会を行います。詳しくはこちら
http://www.jiyunomori.ac.jp/info/news/fy2011/img/20120125.pdf

311に放射能がばらまかれ
これからをどうすればいいのか、
こどもたちを守れるのか
そんなことが毎日毎日ずっしりと重くのしかかって
それを背負って生きていく毎日

自由の森で、きになる、いや気にしないとあかんよ
どうする。 といろいろ話ができる保護者が
つながり教員もつながり、こういう企画をしようと
声を上げてくれた 仲良しの友人。

そして生徒も、もっと考えなあかんのちゃうの?
今のかんじでええの?

みんなで考えたいとうちの娘も友人たちに声をかけ
11月に公開研究会で生徒主催の分科会
「わたしたち、ひばくなぅ? 」というテーマで
分科会が行われました

想像以上に参加者がたくさん
教室からあふれるくらいの人数
中高生から保護者、卒業生、教員
大学の先生、 たくさんの方の参加があったようです。

そしてそこで感じたことがたくさんあったようで

1月の講演会でも その分科会を立ち上げた生徒たちにも
どんな内容で話をききたいか
中高生目線での意見や
アイデアをだしてもらい

準備が進んでいます。

分科会には私はでなかったのですが、感想をよませてもらったり
娘と話をしていて 思ったのは

大人は、目の前の生活や仕事、まわりの人とのいろんなしがらみなど
に目が行きがちだったり、いろんなことに気をつかいすぎるほど気をつかって
考えていることに対して

子どもたちは、シンプルにストレートに命のことを考えているということ

命や自分たちの未来について 不安をストレートに感じているのです

至極当然ではないでしょうか。

そして私たち大人は、そのこどもたちにきちんと応えているのか?ということ

こどもたちは未来を生きます
その未来をどうしてくれるんだ。 ともっと怒って声をあげていい存在ではないでしょうか?

こどもたちにはその権利があるのです。

この国は、こどもたちの命も未来も大事に考えているでしょうか?
そして大人といわれる年齢の国民は、この国のおかしさに気がついているのでしょうか?

今、感じるのは東電も国も県も市町村も、経済界も、なにを大事にして優先させているのか
少なくとも 命ではない と言えるのではないか
ということ そしてそれは多くの無関心の国民が協力者となり
ますますひどい方向に行っている気がしてなりません。

すごくつらいことですが、終わったことにしたり
なかったことにしてはいけない。

こどもたちの未来を守りたい、考えたい。



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【 2011/12/30 18:39 】

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2011年は終わろうとしてるけど・・・
めっちゃご無沙汰な更新になってしまいました。

元気なんですけどね。いろいろ忙しい日々をすごしてたというか
なんというか、pcの調子も悪かったもので、ツイッターやfbは
携帯からつぶやいてましたが

長い文章は、やはりpcが使いやすく
で、ついつい遠のいてました。

たくさん書きたいことはあったのですが・・・・

そんなこんなしているうちに2011年が終わろうとしています。

昨年の12月はクリスマスでおもちゃ屋として忙しくサンタさんのお手伝いを
ひたすらしてたのですが
今年は、当然店舗もなく というより気持ちもクリスマスがどーのとか
考える余裕も余力もなく

おもちゃ屋の仕事ではなく、日々の生活のためのお仕事をこなしつつ
依頼をいただいた 原稿に向き合い
(原発関連の話の原稿・・・・)

いろんな人と会って話をし

講演会の打ち合わせやなんやもあり

なんだか、あわただしいけど宙ぶらりんなかんじと
世の中に毎日怒りも感じ

当然いつものような年末ではなく過ごしていました

テレビは2011を振り返るというような番組が多く
なんだか、もう終わったこと。みたいな扱い

現実にはなにひとつ終わってもいないし
それどころか、瓦礫の焼却の問題、放射能汚染食品の拡散
次々と悪くなることばかりなのに

振り返るとか、そんな暇あらへんのに

なんだか綺麗にまとめて終わらせようという空気。

これからずーーーーっと続くこの放射能の問題

終わってないよ、なにひとつ
現在進行形。 

この国はほんまに人間の命をどこまで軽んじているのだろう

2011年は、終わるけど 原発事故、放射能汚染の問題は
なんにも終わってない。

忘れたらあかんねん。
命が脅かされていることを。
なかったことになんかしたらあかん。

声に出し続けないと・・・・・・。

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【 2011/12/30 00:54 】

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自由の森学園で公開研究会があります。
娘の行っている、自由の森学園では毎年 公開研究会というものが
あります。今年は11月19日(土曜) 20日(日曜)です

詳しい内容などは こちらに
http://www.jiyunomori.ac.jp/guide/event/2011_koukaiken.html

大きくひらかれた授業参観みたいなのと
その後の教科検討会 とか

記念講演とか 2日間にわたってあるのです

2日目はテーマ別分科会 これは教員側がやっているものもあれば
寮が やるもの
食堂(食生活部)のたてた分科会などもありますし

生徒がたてたテーマのものもあります。

今回 うちの娘が仲間たちと企画した 分科会。
今この時期だからこそ みんなで話がしたいという思いで
同じ思いの仲間と話し合って 企画したものがあります。

私が説明するより、娘がかいた 呼びかけ文のほうが 彼女たちの
想いがストレートに伝わるんじゃないかと思うので

学校の図書室で発行している ヴォイスに掲載したものをここに転載します。

以下 転載・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


公開研分科会アピール「私たち、“ひばく”なう?」
まず、テーマを聞いて、「冗談にもならないことを軽く言ってふざけているの?」と
思われるかも知れないが、私たちは全然ふざけていない。
3.11 私たちの住む日本ではとんでもない事が起こった。
「福島第一原発事故」それは、今も収束せず、収束する予感さえ感じられない。
福島県だけではなく、東京や埼玉、関東にも放射能・放射性物質が3月11日以降、
私たちの上に降り注いだ。
そして、全国に汚染されている食べ物が出まわりつづけている。
あの日から、今までの日本ではなくなってしまった!!
これは、えらいこっちゃなのだ。
冗談みたいなことが、冗談ではなく現実になっているのだと思う。

福島の人たちだけの問題ではない。
関心があろうが無関心であろうがそんなことは関係なく、
3月11日以降、私たちの上に放射能・放射性物質が降り注いだ。
この時点で、この事故の当事者の一人なのだと思う。

原発のことって聞くと難しいことや専門的なことがでてきて難しいし、
一人ひとりの思いや考え方が違うから話し合えないって思うと思う。

この分科会では、たとえばシーベルトとかベクレルとかプルトニウムとか難しいことは、
ちょっと置いといて、これから生きていく人、生まれてくる人々の未来を台無しにしないために、
みんなで考えたいことを話し合いたいって思っている。

気にしている人、気にしていない人、なんだかまだよく分からない人、
みんなそれぞれ、考えていること思っていることは違うけれど、そんな一人ひとりのいろんな意見や思い、
考えを共有していきたい。
若い人からおばちゃんおじちゃん、おばぁちゃんおじいちゃん、みんな年は違うし、
残りの生きる年数も違うけれど、これから先も、「生きていく」って言うことは同じ。

そんな、これからも「生きていく」人々で話しましょう。  待っています^^

                     文章:H3 万由子

「私たち“ひばく”なう?」
・学校や自分の住んでいる場所は“安全”と言えるの?
・私たちは、元気なおばあちゃん・おじいちゃんになれるの?
・ 自分を守るのは、だーれ? 

場所:H1-4の教室



*************************************

この文章の後になにかを語るのはやめておきます。

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【 2011/11/13 09:01 】

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食べたいけど食べへん。
震災からもうすぐ8ヶ月

8ヶ月たっても原発からの放射能は止まらず
2号機核分裂。 自発的とか 部分的などといろいろ
言葉でまたごまかす 発表

なんとなく大丈夫そうなイメージの言葉を使い
報道もさらりとして 危機感をもたせない
あいかわらずの東電、政府、マスコミ。

時間が解決するどころか 瓦礫の受け入れが各地方自治体にはじまり

痛みを分かち合う????

そんなもん分かち合うもんちがうやろ。
汚染を拡大させてどうする気なのか?

分かち合うとかみんな一緒とか、そういう情や精神論的なものに
流されやすい国民性なのか
とんでもないことのオンパレード

食品汚染しかり。

どんどん食品も危なくなってきて
その上スーパーでは、以前ならどこどこ産と 県やちゃんと場所が特定できるもの
だったのに、今じゃざっくり 国産。 

魚は 太平洋産 

ざっくりすぎるにも 程があるわ

そんな中 日々 内部被曝をさせたくないと
食品も吟味し 実家から京都の野菜をおくってもらったり
日々苦労してる たくさんのお母さんお父さんたち

我が家も、最大限の努力をしているつもり

そしてこどもたちも すごく気をつけている

小学生ののんは、お菓子ひとつ買うにしても どこで作られているか
材料はなにか、すごく念入りにみているし
生クリームが使ってあるものや牛乳が使用してあるもの
いろんな事に 自分で注意をしている。

あーあれ食べたいなとか思っても、危ないかもと思うと
一切 手をださない 買わない。

毎日のお弁当も 限られた食材でおかずもいろいろ入れられないけど
不満はいわないし
最近、スープや味噌汁を 持って行かせるようになったら

わかめにして わかめは放射性物質をとりこまないためにいいんだよ とか
味噌汁のほうが いいよ味噌は いいんだよ なんて
いろいろ調べている

娘も、okフードをチェックしたり常にいろんな情報をみて
自分の食べるものに最大限の気を使っている

ファミレスやファーストフードにいかないし
ケーキがたべたい と思うけど 買わずに
自分で安心できる材料でつくったり している

こんなことが、日常になっている 異常さ。

ストレスだろうなーーこどもには何倍ものストレスであろう

でもしっかり考えて身を守りたいと娘と息子はゆるぎない。

私は元気なおばあちゃんになりたいねん
やりたいことがいっぱいあるもん

そうやんねーこどもたちは未来を生きる生き物。
食べるという毎日の事を こんなに考えて生きて行かないといけなくなった
食べ物だけでなく、外で何かをする時も 
生活すべてに気を使わないといけなくなった この現実。

自分の未来を守りたい というこどもたちの思いを
大人はしっかり胸に刻まなければならない。

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【 2011/11/09 00:08 】

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生きるということ
すっかりブログをさぼっておりました。

パソコンが入院しちゃったりいろいろなことが続き
かけない日々が続き 

気になりつつも放置状態

あかんねー

先日、父が亡くなりました。
81歳でした。

私は、末娘で、姉と兄がいます。姉とは8歳離れているので
姉のこどもたちはみな成人しています。

昨年、父は大きな手術をしました。夏だったかな
で、一旦元気になり、すごしてたのですが
この夏、具合が悪くなり入院

夏には病院にお見舞いにいきましたが

何も食べれない状態が続き
結局、9月に 自宅にかえってきて
自宅で、看護 

自宅に帰って1ヶ月くらいでした。

9月に自宅に戻ったときに、子どもたちをつれて一度帰ったまま
のお別れになってしまいました。

状況は姉から聞いてたのである程度は覚悟もしてたのですが

なんだか、まだ実感がともなわないかんじです。

父は自分の命の期限を感じていたのでしょう

手紙をのこしていました。

母への感謝の言葉など
3人のこどもと7人の孫は宝だとも書いてました

そして、まだやりのこしたことややりたかったことがあると・・・

81歳でもなお、やりたいことがある。生きるとはそういうことなんだと
私も、そうありたい。生きることにとことんこだわりたい

そんな風におもったのです。

きっと最後まで、1番私が心配をかけていたのだと思います
原発により、家をなくし、仕事をなくし、夫とも離れて
避難生活。この先どうするんだろうと心配性の父は思っていたはずです

心配するのがわかっていたので
大丈夫大丈夫。としか 話してなかったのですが

震災、原発、と不可抗力なこととはいえ、なんだか心配かけて
申し訳なかったなぁ と思うばかりです。

音楽の好きな父は 病室でも孫にもらったプレイヤーで
CDを聞いていました。

好きだった曲で送りたいと 葬儀の時もお寺でCDをかけさせてもらいました
アメイジング・グレイス

最初は、控えめな音量で葬儀屋さんがかけてくれてたのですが
その曲につつまれたいかなぁと 
プレイヤーの横を通るたびに ボリュームのつまみをまわして(笑)
大きくしてたら
後できいたら 姉も同じ事をしていて 2人で音量あげまくりだったみたいです。
さすが姉妹、行動がにてます。見た目も、声もそっくりらしいけど(本人達自覚なし)

聞こえていたかな、父に


ゆっくり休んでください。好きなお酒と好きなものを食べて
好きな音楽きいて・・・・。

私もまゆものんも、こんな世の中やけどとことん生きることにこだわり
自分らしく生きていくからね。

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【 2011/11/05 19:04 】

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原発なんかいらんねん!
先日、秋休みになった娘と一緒に、青山にある クレヨンハウスに行ってきました。
大阪に住んでいた頃は、近くに大阪店があったので
しょっちゅう 入りびたり状態で、休みの日は1日 そこにいるくらい
絵本見て、おもちゃ見て、オーガニックレストランでランチをし
また本をみて、帰りに 有機野菜や調味料などを買って帰る という
そんな休みの日を過ごしていたことを懐かしく思い出します

平日の休みには私一人でいってたりして
一人の時間を 楽しんでいました

もちろんこどもも一緒によくいってたので
うちの娘は、あーークレヨンハウスなつかしーー と

はじめていく東京店で テンションがあがるあがる。

さすがは、クレヨンハウスと思うところがたくさん。
店内のいたるところに、さりげなく 原発や放射能に関しての
言葉やメッセージ 内部被曝を防ぐためのヒントや
いろんな張り紙や ちらしがあるのです。

原発関連の本 そしてこどもを守るための本が たくさん。

こいういところに、こどもに関わる人にかかわるそういう企業としての
姿勢がみえます。

なにも原発に関して、一切ないところはかえって気持ちが悪い

今、この国でおこっている一大事
こどもが、未来が どうなるのかそんな世の中なのに

3月11日以前のままのように 営業したり 開館したりしている場所には
どうも不自然なへんなかんじというか
ものすごい忘れ物をしてるんちゃう? というかんじというか
なにしろ妙なかんじを 受けてしまうのです

なにも触れない、なにも発信しないのは
こどもが危険にさらされているのを見てみぬふりをしているように感じてしまうのです

だから、クレヨンハウスのようにしっかりとした形で
営業されているのをみると うれしくなります

こういうところでも、1企業として、一人の人間としての真価があぶりだされているように
思わずにはいられません。

ステキな 缶バッチをみつけて 即購入
DSC_0175_convert_20111006220335.jpg

息子の大好きな、絵本作家の一人 長谷川義史さんの作 です。

他にも作家さんによって違うデザインのものがありました。

娘は、雨宮さんの本

14歳からの原発問題 (14歳の世渡り術)14歳からの原発問題 (14歳の世渡り術)
(2011/09/17)
雨宮 処凛

商品詳細を見る


小学校の高学年にもおすすめです。

わかりやすい。

こどもたちもいろいろ自分で学び知っていかなければいけない事柄です。

学校ではいまだに、ノーリアクション

ジモリは他の学校に比べれば、授業でとりあげてはいますが
それも個人差がある(教員によって違う)

こんなすごいことになっているのに
まったく 話題にもでないことは かえって恐ろしいとうちの息子は
言っています。
埼玉だって汚染されているし
食品は流通されているし
けして安全だと思ってはいないので
なにも、学校が触れないことにものすごく違和感をかんじてならないのです

こどもの命をどうかんがえているのか

毎日、こどもとむきあって授業をしている教員はなにをおもっているのか
なにも伝わってこないということが不思議なのです。

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【 2011/10/06 22:20 】

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上関の選挙におもふ
以前、このブログでもお知らせした。山口県の祝島。
上関原発に反対をし続けている 祝島の人たちのドキュメンタリー映画
祝の島(ほうりのしま)

その上関で 日曜日選挙がありました。
原発推進の候補と反原発の候補

福島の事故をまのあたりにして どういう結果になるのか

そして、結果をみて あるていど予想はしてたものの
原発推進候補の当選確実のニュースに力がぬけました。

ほんとうに、力がぬけるとはこのことです。

福島は、はるか遠い国のできごとでもなんでもない
小さな日本という国の中のことなのに

こんなことになってもまだ、推進したい人を選ぶのか
どれだけ交付金の力は強大なんだ。
人としての良心や葛藤はないのか
いろんなことが頭をめぐります。

社会のシステムが悪いのはわかっているのです。

それでもなお、私のこころは真っ暗な闇にさらに突き落とされたそういう
かんじです。まだ、わからないのか事故がひとたび事故がおこったら
すべてをうばわれるのが、たくさんのものを失うのが

住民をせめるべきではないのは頭の中では

わかっているんですが、それでも
1票の責任の重さを感じていてくれたのか、と思わずにいられないのです。

ほんとうに目先のお金にまどわされなかったのか
未来のこどもたちの事をかんがえてくれたのか

頭の中でぐるぐるまわります。

反原発とか、原発いらん! 放射能こわいよ 核の脅威 などと
言ったり、こういう風にかいたりすると

勇気あるよねーとか言われたり
タブーのようにいわれることがいまだにあります。

こういうことをタブーにされてきた空気は
大きな黒い利権を得ている人たちに、つくられてきたものです。

あぶないものを危ない  原発必要ない ということはそんなに
勇気のいることなのだろうか? といつもおもうのです

ましてやこんな事故がおきてたくさんの人がくるしみ
命がおびやかされているときに

なにもなかったかのようにだまってやりすごしてたり
反対に、原発必要。再稼動必要 と言っている人たちのほうが
ある意味勇気があるなぁ と思わずにはいられません

よく「仕方ないよ、死ぬ時は死ぬんだから」とか
「こうなったら覚悟して今たのしく生きればいいんだよ」

と いかにも悟ったようにクールに言う人がいます。
若い子なんかでも多いです。

それがかっこいいことかのように・・・・

わたしは そういう刹那的な考えは大嫌い。

今も楽しく生きるけど未来も楽しくいきてほしい 
と こどもたちに願っています

そんないかにも悟ったような台詞は 100年はやいわー と
若者にも、そういうおじさんにも いいたくなります。
ましてや、学校でそういう考えを口にされたら
これからの若者は、どうかんじるのでしょうか

静かに足音をたてずに黒い利権をむさぼるものたちは
世論を誘導し 操作してきます。
テレビや新聞(中にはちゃんとがんばっている新聞もありますが)などだけを
信用してはいけない世の中だと認識しないといけないようにおもいます。

終戦間近、負けているのに 勝っている大勝利をしているなどと報じていた
新聞やラジオ 
国民の多くはだまされていました。

同じようなことを繰り返していると思うのは私だけではないはずです。

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【 2011/09/28 23:20 】

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明治公園、さようなら原発!6万人
9月19日 いってきました。 娘と息子と、友人夫婦と明治公園へ

行きの電車、西武池袋線の中でふと向かいをみると
黄色いうちわ。 原発いらねっちゃ とかいた文字
おじいちゃんが、ぱたぱたとあおっていました

そのすぐ隣の若者 地味なかんじでしたが
よくみると 脱原発のTシャツきてるー

途中、所沢から 団体さんで みんな原発いらない のうちわをもった
おじさん、おばさん達
わいわいこちらは 楽しそうに みんな最低1個はうちわもってー とか
盛り上がっている様子

あー みんな同じ場所めざしてるのね とうれしくなりました

うちの娘も、手作りのプラカード つくりまして
黄色い画用紙をふちにして 原発いらん!! の文字
後ろには 煮ても焼いても 放射性物質はなくならへんねん  
情報かくすな うそはいらん の文字を 

のんは、黄色っぽいシャツで目立つように と反原発のおもいを表現

千駄ヶ谷の駅は 満員!!ホームはひとだらけ

駅の改札でても人、人、人

友人と落ち合い 公園へ まーーー人でうめつくされてました

いろんな旗がいっぱい。 今回いろんな団体が 反原発というひとつの共通のおもいで
集結 

これはええことです。原発いらん 人間のいのちを守ろうということでは
みんな共通のおもいなんやったら
あんたとこは、別で とか言うてる場合やない
そこはひとつになるべき もの

公園では まゆこはいろんな人にインタビューしてた。

で、なぜかCNNに インタビューされた私とまゆこ。

6万人の中、ジモリの教員とも会えたし
なにより驚いたのは 大阪で保育士してたとき一緒に仕事してた保育士さんに
偶然、あえたこと

大阪から太鼓もってきてました。さすがや!

歩き始めるまでがなかなかでした。
でも 9,11の時とうってかわって やさしい感じの警官が多く
うちの娘は「ねーなんで今日のおまわりさんは、この前とちがってやさしいの?」と
警官に質問してた(笑
にこにこしながら 「えーいつもやさしいよー」
と こたえる若い警官
「うそだー この前新宿の時こわかったよー護送車にいれられるかとおもったもん」

と娘がいうと苦笑い。「部隊がちがうからね」だって

あきらか 新宿は挑発してたし逮捕する気満々
トイレにいこうと歩道にでることさえも 許さないかんじで
制圧したい という 国家の狙いをものすごくかんじた。

今回は、労組や政党などが参加している
そういうところには下手に手をださない 
みえみえなかんじ。

DSC_0168_convert_20110922001821.jpg
歩くの、一般参加の多いコース にわたしたちは参加

最後までよく歩きました。

しかし その夜のテレビ 某国営放送とか最悪だったし
どこも、ほんとうに やっぱりなーー な放送でした

2万人とかいうてるとこもあったし
少なく見積もりすぎやろ 
どんだけ小さくみせたいねん

あきれます。日本のテレビ局にはもうなにも思わなくなったといっても
過言ではないくらい。
どこまでも うそつきなのね

時間がたてばたつほど 関心があり行動したり声を上げる人と
まるで無関心 なにごともなかったかのように 知らん顔の人との
温度差はおおきくなるばかりです。

国や東電にとってみれば 思う壷でしょうね
考えるのにつかれてくるところを狙っている
利権にからむ 腹黒い人間達

せやけど、ほっとくわけにはいかん。
この大変なときに 声をあげなきゃ いつあげるの?


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【 2011/09/22 00:30 】

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